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La estrella


2204年 11月23日 アメリカ時間 20:56:40 アメリカ合衆国ワシントンD.C


 「こちらJupiter、Gaia、応答せよ」
 オペレータールームの一角、ヘッドギアを通して「Jupiter」と名乗る少年は声を張り上げた。
 ヘッドギアの向こうから聞こえるノイズ音は、砂嵐の直中にいるような錯覚を少年に抱かせる。
 「Gaia、応答せよ」
 もう一度声を張り上げると、Jupiterは遙か遠い戦地の同志の声を待った。
 なおも鼓膜を叩くノイズ。ノイズに混じる微かな「Gaia」の声。
 そして。
 「こちらGaia。A小隊がターゲット「DIABLO」第二研究所制圧に成功。献体を一体確保。どうぞ」
 「・・・なんだって?」
 ノイズの向こうから聞こえたGaiaの言葉を、Jupiterは脳裏でなぞった。
 そして、
 「献体は一体だけか、Gaia、応答せよ」
 Jupiterの問いに、一瞬、Gaiaは考え込むように沈黙すると、
 「他の献体はターゲットが証拠隠滅のために処分したと思われる。回収できた献体は一体だけだ。どうぞ。」
 苦々しく答えた。
 Jupiterはきつく目を瞑り、深く頭を垂れた。
 「了解、本部へ帰還せよ、以上」
 Jupiterは通信を終了した。
 ・・・深い溜息が喉から嗚咽となってこぼれる。
 目の前の巨大なモニターに今し方通信したGaiaが赴いた戦地が映し出されている。
 
 メキシコ合衆国・ベラクルス州・ベラクルス

 遙か遠い南米の地に起きた惨劇を追悼するため、Jupiterは静かに瞳を閉じ、姿無き犠牲者に哀悼の意を捧げた。 


2204年 11月26日 アメリカ時間 19:42:26 アメリカ合衆国ワシントンD.C

 「お疲れ様です、ボス」
 Jupiterの声に、帰還したばかりの「Gaia」は面を上げた。
 「局ではGaiaと呼べと言ったはずだぞ、Jupiter」
 「・・・ミッションは終わったんです、ボス。俺のこともデヴィッドと呼んで欲しいね」
 Jupiterは・・・デヴィッドはおどけた様子で手元のチェス盤の駒をいじくると、カップに入ったコーヒーで乾杯して見せた。
 この少年、当局のオペレーターの中では歴代トップの実績と才能の持ち主なのだが、如何せん奔放すぎるきらいがある。
 Gaiaは・・・国連国際警察極秘諜報局局長・へクター・コールマンは深く溜息を吐いた。
 「で、例の献体ってのはどうするんです?まさか救助してきて処分なんて言い出さないですよね?」
 おまけに抜け目がない、とコールマンは思った。
 「その件なんだが・・・献体は非常に危険な能力を有している。だが・・・」
 コールマンは眉間にしわを寄せた。
 「数値は見ましたよ。通常の身体能力は平均的な人間の2〜4倍だってね。使いようによっちゃこちらのいい力になる。違いますか?」
 にやりと口元をつり上げてデヴィッドはちらりとコールマンを見やった。
 コールマンは頭を振った。やはりこの少年、まだ若すぎる、と。
 コールマンは背後のドアを親指で指した。
 「直接見てくればいい」
 デヴィッドはコールマンの肩越しにドアを見た。
 「蛇が出るか鬼が出るか・・・」
 ひらりと白衣を翻してデヴィッドはコールマンの横をすり抜けた。
 耳に光るシルバーのピアスのドロップが揺れた。
 

 自動ドアが開いたとき、多分デヴィッドは普段なら・・・身だしなみと外見を気にする彼なら・・・絶対しないような表情をしただろう。
 「まいったね、こりゃ・・・」
 そして驚きの表情のまま、頭を振った。
 彼の目の前の・・・小会議室の粗末なプラスチックチェアに「献体」と呼ばれたそれは申し訳なさそうに腰掛けていた。
 「これはボスも困るわけだ」
 赤い髪に色白の肌、無理にねじれば折れてしまいそうなほどか細い四肢、何かを訴えかけてくるような大きな瞳と赤い唇。
 どこから見ても普通の・・・普段ならジュニアハイスクールにでも通っていそうな年格好のメチスソ(白人系の混血児)の少女がそこにいた。
 「・・・」
 その少女は・・・何かを口にしようとしたが、すぐに口をつぐんでしまった。
 「お前、名前は?」
 デヴィッドの問いに、少女は困り果てたように彼の目を見たが、やがて落胆したようにまた俯いた。
 ひゅう、とデヴィッドが口笛を鳴らす。
 『こっちの言葉の方が良いかな?』
 デヴィッドは流暢なスペイン語で少女に話しかけた。
 少女が顔を上げる。
 『あたしの言葉がわかるの?』
 少女はメキシコなまりのスペイン語で返した。
 『エスパニュールだけじゃねぇ、北京語、フランス語、ドイツ語、あと日本語を少し』
 ウィンクしながらデヴィッドが返すと、少女は嬉しそうに笑った。
 ・・・内心、デヴィッドはホッとした。
 献体と言うくらいだからこの少女は、相当な仕打ちを受けたに違いない。
 だが、まだ人と出会って明るい笑顔を覗かせるところを見ると、どん底というわけではなさそうだ。
 だが油断は出来まい。
 『ちょっと待ってな』
 言うとデヴィッドは部屋から出ると、何かを持ってまたすぐに少女の元へ帰ってきた。
 チェスだ。
 『チェスはわかるか?』
 興味津々でチェス盤を見る少女にデヴィッドは問うた。
 少女が頭を振る。
 『教えてやるよ』
 言うとデヴィッドはチェス盤の駒を並べ直した。

 どれくらいそうしていただろう。
 少女の細い指がぎこちなくチェスの駒を繰る。
 少女はチェスに夢中だった。・・・ルールを理解しているかどうかは別だったが・・・
 だが、それが寂しさを紛らわせるのに必死なのだと言うことを、デヴィッドは無言の内に察していた。
 ややあって・・・
 『まぁなんだ、事情は聞いたけどさ』
 デヴィッドの言葉を聞いて、少女の顔から笑顔が消えた。
 やはり、とデヴィッドは心の裡で呟いた。
 『お国に家族は他にいるのか?』
 少女は俯いた。
 『パパは小さいときに死んだわ。ママと弟のレアンドロも・・・あの施設で・・・』
 少女の目から涙がこぼれるのをデヴィッドははっきりと見て取った。
 『そうか・・・』
 分かり切ってはいた。
 だが、これから上層部を「説得」する以上、確認せずには居られない。
 この少女には少々酷ではあるが・・・
 少女は泣いていた。
 いくら不自由と恐怖から解放されたとはいえ、言葉も通じないような遠い異国に連れてこられた不安は堪えただろう。
 それならば・・・
 『だけどな』
 デヴィッドは少女の頬にこぼれる涙を拭った。
 『俺たちが何とかしてやるから、もう泣くな。お前が生きている以上、お前はパパやママや弟の分まで生きないといけないんだ』
 少女が顔を上げる。
 『いいか、酷なことを言うがお前はもうただの人間じゃない、元の暮らしには戻れない。わかるよな?
 だがここはアメリカだ、自由の国だ。この国に保護された以上、お前も自由に人として生きる権利を与えられたわけだ。
 その権利は国連の機関である俺たちが何が何でも保証してやる。絶対に守ってやる。・・・まぁ、多少監視がつくとは思うが、普通の暮らしは出来る。だから安心しろ。』
 デヴィッドの目を見やって少女は静かにうなずいた。
 『良い子だ。もう泣くなよ、可愛い顔が台無しだぜ』
 少女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
 それを見て、デヴィッドも明るい笑い声を上げた。
 『俺はデヴィッド。デヴィッド・ハント。お前は?』
 少女は涙を拭くと、まっすぐにデヴィッドを見つめた。


 『キュカ。キュカ・エレノール・ドゥラン・エストレージャ』


  Estrella・・・スペイン語で「星」を意味する。
 デヴィッドは確かにこの少女の・・・キュカの瞳の中に何か、強く輝く星を見た気がした。 


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